村田佑輔ブログ◆天佑不待

役者・村田佑輔によるアレやコレやソレ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

「浮霧道中」其之参「清」前

『雨が降ったり止んだりする様に、この憂き世は己の思う通りにならないこともある。

けれど貴方の心には、どちらでもない、ずっと霧が掛かっているようだった』


「浮霧道中 -異聞・憂世彼方-」



お清と名乗ったその娘は、よくよく見ればまだ年の頃も15、6といった少女であった。
次郎兵衛と大して歳は離れておらぬが、快活な話し方とその瞳がやや娘を幼くみせた。
「お清とやら。このような刻限に、ここで何をしている」
小さな声で次郎兵衛はお清に訊ねた。不覚と言えど朝方に勝手に大門を通った事が四郎兵衛会所の者に知れれば何を言われるか分からない。
しかしその様な事情は露知らず。お清は先程と同じ元気な大声で応えた。

「お清は立派な花魁になるんだよ!だからここで道中のお稽古をしているの」
「これ、もう少し静かに話しておくれ」

そう言う次郎兵衛の慌てた姿が余程可笑しかったのか、お清は大きな瞳を更に丸くしながら笑顔を浮かべている。
「ああそうだ。外に出ているのが知れたら姉さんや十平に怒られるものね」
じゅうべえ、とは番頭か牛太郎の名であろうか。ここにきて漸くお清は声を潜めた。
「じろー…様はこんな刻限に、切り見世帰り?」
「佐野次郎兵衛だ。見物に来ただけだと先程申した。霧が濃くて入り込んでしまったのだ」
思わず早口になる。
「大門ならあっちだよ。お清が連れてってあげる」
そう言うとお清は次郎兵衛の袂を三指で摘み、濃い朝霧の中を悠々と歩き始めた。
「見えるのか?この霧の中で」
「この時季の明け方はいつもこうなの。お清は毎日この時間にこっそり外に出ているから慣れてるんだ」

雪駄が、湿気を含んだ砂利を踏む音だけが響いた。

程なくしてお清は手を放し指を差す。そこが大門ということだ。大門のすぐ横には番所がある。不寝番に見つからぬ様に帰してくれる心積もりなのであろう。謝意を込めて軽く頭を下げると、お清は笑顔のまま口だけを三度動かした。


ま・た・ね


五十間道の先にあるはずの見返柳が、大きく風で揺らいだ気がした。
スポンサーサイト

| 舞台 | 11:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://yuusukemurata.blog130.fc2.com/tb.php/1379-0f44eb08

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT